「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演、来場者感想

投稿日: カテゴリー: 公演レポート

「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演、来場者はすくなかったんですが、みなさんからとても暖かい、熱のこもった感想をたくさんいただきました。
その一部を抜粋してご紹介します。
なお、次回4月の「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演は、4月17日(金)夜の開催予定です。
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◎言葉にするのがもったいないくらいの時間でした。声だけで、こんなにもはっきりとくっきりとした世界が広がるのだなと。真っ暗になってからの、音の時間は、不思議なほど心地良かったです。真っ暗な空間なんてなかなか今は居ることがないのだなと思うと、とてもぜいたくです。

◎だんだんと沈黙していく朗読。景勝地のような風景が次々に浮かんだ。なぜか懐かしい感じ。浮遊する感じがあるのだけれど、現実から離れているのではなく、むしろ「今ここ」に浸る感じ。
音楽瞑想は何度か受けたことはあったけど、今回は深さが段違いだった。音が体に入っていく。一つ一つ、体にアクセスする。音が、自分の中につくった水たまりの中へと落ちて反響、拡がっていく。途中で体を動かしたくなり、頭、首、肩、上半身全体を順々に、ゆるりと動かす。自然と回旋する。終わったはなんとも言えない爽快感。
めいっぱい動いて、発散して、スッキリした!というのではなく、無理やりはめ込んでしまっていた部品を全てバラして、もとのあるべき位置に戻したような爽快感。
まさに体のフルメンテナンス。全てがクリアになったよう。

◎暗転してからが色々とおきた。朗読がおぼろげになっていく。それが極まったとき暗転した。飽和した思考は現実感をうしなわせる。音にみちびかれるイメージはあふれるほどあるのだが、聴覚と体温は過去、現実、そして未来、自分旅行を行なわせる。もっと、もっと闇が濃くなったらどうなるのだろう。

◎最近、自分との距離がどんどん離れていっていると感じていた日が続いていたのですが、自分と自分が広くやわらかく同化できるような、そんな風になれてすごくよかった。服のこすれる音すらわずらわしく感じてしまうほど、ピアノの音が本当に心地良かった。まだまだ色々ありますが! また来ます。

◎ピアノと声のかけひき。不断に含まれる沈黙の中で、心地よく眠ってしまった。暗闇が演者と観客の境目をなくし、不意に立ち上がりたい衝動に駆られる。床の上や、部屋の角や、ピアノに寄り添って、音を聴いてみたい。

◎はじめから最後まで目をつむって聴き/聞きました。朗読とピアノの音が対等の音の景として、色々なイメージ表れては消え、もしくは尾をひいておりました。窓辺、階段、戸口、扉、風……という要素が浮かび、廻っておりました。

◎ぼうっとしたまっくらな空間の中に放り出された感じ。山々、川、海、鳥のなき声、草、葉、がぼやっと、ぐんにゃり、フワフワ、ふにゃふにゃ、空間の歪み? みたいな感じでぐるぐる回る(まとまらない)。永遠につづくような、つづいてほしい感じでした。

◎ミュージックメディテーションと言うことで、現代朗読体験講座での衝撃的な効果を期待して参加しました。野々さんの朗読も、いつも以上にミュージックメディテーションを意識した様な朗読でした。公演前に読んだパンフレット(?)に書かれていた身体に対する意識を心掛けて聞き入ってみました。中々に良い環境でピアノも朗読も素晴らしい響きでした。
何回か続けて体験することで、もっと深く身体への素直な意識が芽生えて来るのだと思います。後半、真っ暗な中で壁に貼られたパネルが窓の様に見えて来て、何やら大きな教会に居るような感じでした。

◎最初は、照明の明るさのもと卯妙さんのゆっくりとした歩みを伴った、一人の女の置かれた状況・内面を空間にマーキングするかごとく、情景描写の静かな朗読(声・言葉)が、空間を移動する。(そこから私は殆ど最後まで、眼を瞑っていた)まだ、あまりよく説明できる言葉が見つからないのですが、水城さんの音楽が始まる前から、卯妙さんの言葉・声のリズムや高低が、意味を表現しながらも、音楽的な瞑想のモチーフというか要素を提供する音の流れに聴こえるようになった。
水城さんの即興の音の塊や流れによって、気持ちやイメージを想起するというより、朗読から紡ぎだされる音(もちろん意味を示す言葉であるのだが)とが、対等に響き合って、音楽で言えば連弾あるいは2重奏の様に、演劇で言えば掛け合いのセリフの様に、空間を支配していた。
中盤からの真っ暗な暗闇の中での演奏と朗読の沈黙は、瞑想を更に深くしつつ、文脈に拘る心を解放して、イメージの浮遊となったようです。
ストーリーはあまり連続性を持たずに、むしろ音(言葉)によって紡ぎだされた、色々なモチーフ(要素)が、例えば灯台の建つ岬のイメージや、女が愛しい帰らぬ人を待ち続ける狂気や、窓辺の情景、窓枠の質感、戸口の拡がりと思えば扉の色、と言ったように、それぞれがこの空間のそこここに、女の内面をさらけ出すようにあり、また飛び回っている感じがしました。
特に、実際の階段を上るに動かない足は、ほんとに重く、しかし気が付いた時には、女の内面は、高く2階の窓辺に居る(これは、このギャラリーの舞台効果だとも思いました)・・・などなど。
あたりまえの事と言われるかもしれませんが、音に意味があるように、言葉にも音としての手触り(質感)があることを、すごく感じもしました。
明るさの中の沈黙、音の連なりと静寂の中に想起されるイメージ、暗闇の中の音の豊饒さ。
「見えないものが視え、聞こえないものが聴こえる」
「沈黙[朗読×音楽]瞑想」ライブが何処まで深化していくのか…また参加させて頂きます。

(主宰 水城ゆう)

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