コンテナ

(C)2015 by MIZUKI Yuu All rights reserved
Authorized by the author

   コンテナ

                         水城ゆう

 なかを泳げるほどの濃霧の朝、ぼくらは出発する。
 ぼくらを岸壁から引きはなしたタグボートがはなれていくと、フォグフォーンを一発。ながく尾を引く警告音が港内にひびきわたり、ぼくらは白灯台を右に見ながら外海《そとうみ》へと乗りだす。
 波はない。波高ゼロ。油を流したように凪《な》いだ海面を、濃い霧がなめている。その霧と海面の境界を分けて、ぼくらのコンテナ船五万トンがゆっくりと進んでいく。五万トンの海水が右と左と下へと分けられ、巨大なスクリューによって後方に押しやられる。巨大な質量の移動だが、それは静かにおこなわれる。聞こえるのは低くくぐもったディーゼルエンジンの音と、ひたひたと船腹をなでる水音だ。
 カモメが何匹かついてきて、船のまわりをせわしなく調べる。自分たちに餌を投げあたえる人影がないかどうか、調べているのだ。が、出港時のいそがしい時間に、そんなことをする乗組員はいない。すくなくともぼくらのコンテナ船にはいない。もしいるとしたら、暇を持てあますか、酔いざましにデッキに出てきた客船かフェリーの乗客くらいだろう。
 コンテナ船が沖へ出て、エンジン音が変化すると、カモメたちもあきらめて霧のなかへと去っていく。
 霧もまた、急速に薄れていくようだ。
 陽が射しはじめると、濡れていたコンテナもあっというまに乾いていく。陸地近くでは凪いでいた海面も、沖合に出るとわずかなうねりを見せはじめる。ほとんど揺れはしないが、わずかに平行が傾くと、老朽化したドライコンテナの継ぎ目からノイズミュージックが聞こえはじめる。
 ぎしっ、ぎしっ、かちゃん。
 ぎゅっ、ぎしっ、かちん。
 それぞれのコンテナはセル・ガイドにそって固定されていて、船が揺れても荷崩れの心配はない。積荷も船体そのものも、巨大ハリケーンにも耐えるように作られている。ぼくらは海に出てすでに十五年を経たベテランだけれど、まだまだやれる。現役まっさかりといっていい。
 ぼくら大型コンテナ船は、各地のハブ港に集結したコンテナ貨物をさらに積みかえ、世界をまわる。香港、シンガポール、ドバイ、ハンブルグ、ロッテルダム、ブレーメン、ニューヨーク、ロサンゼルス。地球を何周したことだろう。人々が見たこともないような光景をたくさん見てきた。
 フォークランド諸島の沖合で無数のクジラの群に遭遇したことがある。吹きあげる潮と壮大な合唱で、海がだれのものなのか思い知らされた気がした。
 ペルシャ湾では巨大な空母とそれから発着する戦闘機を見た。彼らは昼となく夜となく働いて、思想信条のことなる人々を殺戮するのに余念がなかった。ぼくらのすぐ上をミサイルが飛びすぎたこともあった。
 冬のノルウェー沖では満天に踊り舞うオーロラに怖れおののいた。それらはときに天使の舞のように、ときには悪魔の牙のように、ぼくらの身体のなかにまではいりこんでくるような気がして、生きたここちがしなかった。
 夏の日本海ではイカ釣り漁船団のまっただ中を通過したこともあった。無数のまばゆい集光灯が、まるでそこに一機の巨大な宇宙船でも着水しているような錯覚を見せていた。
 いま、ぼくらは、霧が晴れ、まばゆい陽光を受けながら、おだやかな南シナ海をすすんでいる。高雄、香港を経由し、いまはシンガポールに航路を取っている。この航路では何度か台風に見舞われた。でもぼくらはそのつど、台風の目が頭上を通過するなかを、五万トンの水を分けながら進んでいった。十二メートルに達しようという波もものともせず乗りこえてきた。五〇メートルを超えるほどの風速でも、きっちりと積みあがったコンテナの位置は一ミリも狂わなかった。
 ぼくらの右のほうからかなりの速度で、おそらく中国籍の漁船がちかづいてくる。大きな漁船でも、何人かの男が船べりで立ち働いているのが見える。これから遠洋に出かけるのだろう。彼らはぼくらの後方をすり抜け、左後方へと遠ざかっていく。漁船がけたてる白い波が静かな海にくっきりと航跡を残す。ぼくらの航跡もまた、黒々とした海面の色をうすくかきまぜて、まっすぐ後ろへと、速力24ノットでのびている。
 コンテナ船の仕事は、入港前と接岸時、そして入港後がピークだ。よく、遠洋航路の船員はいろいろな土地を訪れることができることをうらやましがられることがあるが、実際には入港してものんびり上陸して観光しているような時間はほとんどない。ガントリークレーンによる荷揚げ、荷積み、積み込みのプログラム、コンテナの計数、マニフェストとの付きあわせといった山のような仕事がある。接岸するとほぼ一日がかりで荷揚げと荷積みがおこなわれるが、それでも何百個というコンテナの入れ替えが一日しかかからない。そして乗組員はのんびり上陸を楽しむ時間はほとんどない。
 港を出てしばらくし、点検、データ確認などの作業が終わると、ようやくひと息つける。しばらくは退屈との戦いの日々となる。
 香港を出て半日、ちょうど秋分に差しかかろうという秋の太陽が、いま、西の水平線へと落ちかかっていく。ぼくらはそれを、朝がたに中国の漁船が去っていった方角、左舷後方に見ている。
 左舷後方の水平線近くには、いつの間にか薄い雲がかかっている。たっぷりバターを使ったパイ生地のように層状になっていて、太陽はまさにその層のあいだをくぐり抜けて沈もうとしている。大気圏で光がゆがみ、倍の大きさになった太陽。空中の塵で青色が拡散し、オレンジの火球と化した太陽。オレンジ色は雲と空と、それを映す海面をもそめあげる。
 一瞬たりともとどまらない変化のなかで太陽は水平線へと急速に落ちていき、やがて溶けこむように海に呑みこまれて消える。
 赤の光は空にとどまり、やがて紫から青みを帯び、暗く沈んでいく。光量が急速に減衰し、宇宙の背景があらわれるとともに、星々が姿を見せる。
 ぼくらの船は星空にブリッジを高々と突きあげ、左舷の緑色灯と右舷の赤色灯をほこらしげに輝かせて進みつづける。
 夜がふけると、船員たちは当直と眠れない者を残してほとんどが、それぞれの寝台で寝静まる。当直の航海士は操舵室に立っているが、ぼくらはオートパイロットで航海しているし、なにか障害物があればレーダーが知らせてくれる。当直も四時間の辛抱で、真夜中が来れば交代して自室にもどれる。あるいはしばらく星でも見ようか。今夜はミルキーウェイが見られそうだ。
 と、レーダーに右舷からなにか接近してくるものが映る。船ではない。低く飛ぶ航空機のようだ。旅客機ではない。軍用機、速度からして戦闘機かもしれない。南シナ海は 東シナ海ほどではないにせよ、さまざまな軍事的緊張がある海域で、ぼくらもいろいろな軍事的事象を見てきた。空母や護衛艦、駆逐艦などの艦船はもとより、いまのように航空機も軍用のものを頻繁に見る。浮上した潜水艦が休んでいるのを見たこともある。あれはひょっとしてエンジントラブルで停止していただけだったのかもしれない。
 ぼくら民間船が港と港をつないで人々に物資をとどけているあいだにも、軍用船はあっちへいったりこっちへいったりと、ぼくらみたいに忙しそうにしている。ぼくらコンテナ船が車の部品や、衣服や、コーヒー豆や、缶詰や、パスタや、ワインや、果物や、材木や、冷凍肉や、スパイスや、本や、電気製品を運んでいるあいだにも、彼らはダミーの的になっている廃船に向かって大砲を撃ったり、戦隊を組んで演習したりしている。
 レーダーの機影は、やがて左舷方向に消えていった。
 夜中がちかづいてくる。
 このあたりの緯度だと、この季節でもさそり座がくっきりと前方に視認できる。アンタレスの目玉がひときわ赤い。
 そしてミルキーウェイ。
 それを斜めに横切っていく人工衛星。
 すこし波が出てきている。といっても、一メートルかそこいら。二メートルはない。
 波を切る音が立つ。暗闇でほとんど見えないけれど、航跡はさらにくっきりと白いことだろう。
 ぼくらは闇と黒い海面を切りわけて、力強く進む。
 ぼくらが運ぶのは、さまざまな国の、さまざまな人種の、さまざまな階層の、さまざまな立場の、さまざまな人々のいとなみのための物資。ぼくらを待っている人が、世界中にいる。

薪を割る女、蜜蜂

(C)2015 by MIZUKI Yuu All rights reserved
Authorized by the author

   薪を割る女、蜜蜂

                         水城ゆう

 ちょっと億劫な気がして後回しにしていたけれど、今日は陽が高くなってもだいぶ涼しくてすごしやすい、たまっていた薪《まき》割りをいくらかでも片付けよう、と彼女は決める。
 それにしても、今年の夏は異常だった。というより、このところ異常なことが平常になっている。今年はいつまでも気温があがらずに雨ばかり降っていたかと思うと、いきなり暑くなってそれが何日もつづいた。かと思うと、いきなり涼しくなって、まるで一瞬にして夏が終わってしまったみたいだった。だからといって、春が長かったという感じもない。
 いまは秋で、秋が長くなった感じがするかもしれない。冬になってみないとわからないけれど。
 土間に立てかけてある薪割り用の斧を手に取ると、彼女は表に出る。家の前は雑木林で、斜面を降りると谷川に出る。いまも渓流の音が聞こえている。数日前の台風がもたらした雨のせいで、水かさが増している。もっとも、もう濁り水ではないことは、今朝がた確認した。
 家の横手にまわる。そこは畑で、その向こうには村の舗装された道路、ずっと向こうに何軒かの家、そして山並が見える。まだ秋空というより、夏の名残《なごり》の綿雲《わたぐも》が山のいただきの向こうからこちらにゆっくりと流れてくる。
 道路脇の畑の端に、林業組合の源《げん》さんに運んでもらった間伐材が積みあげてある。コナラやブナなどの雑木で、太さもまちまち、材木にはならないような切り株も混ざっている。一輪の手押し車を押していって、手頃な太さの木を積む。それを薪割り場まで運ぶ。
 薪割り場といっても、ひときわ大きくて安定している切り株をひとつ据えてある畑の脇のただの空き地で、割った薪を積みあげておく下屋《げや》に近い。すでにいくらかの薪が積んである場所の、家の角のほうには、みつばちの巣箱がある。今日も巣門を盛んに出入りする羽音が聞こえている。
 手押し車をひっくり返して間伐材をぶちまける。間伐材は源さんがあらかじめ薪にちょうどいい四、五〇センチの長さにカットしてくれている。適当な一本を選び、切り株の上にすえる。太さからいって、このコナラの木からは薪が四、五本、取れるだろう。
 斧を振りかぶり、振りおろす。斧の刃が切り口の中央に食いこみ、そのまま木を一気に縦に割る。小気味のいい乾いた音が谷にひびく。
 やがて六十にもなろうという女手で薪割りなどやっていると、若い連中からびっくりしたような、やや同情が入りまじった視線を向けられることがある。げんに娘の朋子やその一家は、年に一度都会から帰省するたびに、危ないからやめて、怪我したらどうするの、そんな仕事だれかに頼めばいいじゃないの、薪を買うお金に不自由があるわけじゃないでしょう、などという。そもそも、そんな大変な仕事をなんでお母さんがやらなきゃならないの、と。
 大変なんかじゃない。もちろん、大量に割らなきゃならないとなると大変かもしれないけれど、大変なことになる前にやめたり、休んだりする。けっして無理はしない。身体を使う仕事が彼女は好きなのだ。だからつらい思いまでしたくない。
 女には大変な力仕事だろうと思っている者もいる。実際、朋子の夫である婿さんはまだ三十代なかばにもかかわらず、まったく薪割りがうまくできない。子どもたちはなおさらだ。それは力の使い方や、身体の使い方がうまくないだけなのだ。
 たしかにある程度の力は使うけれど、婿さんのような力の使い方はしない。婿さんはやたらと力んで、腕の力で薪をたたき割ろうとする。彼女は腕の力などほんのちょっぴりしか使わない。斧があらぬ方向に飛んでいかないように軽く握っているだけだ。彼女が使うのは、もともと自分のなかにあるもっと強靭な筋力のほうだ。それは五〇キロ以上ある彼女の身体を楽々と運んでいる、彼女の中心部にある筋肉と、体重そのものだ。それを斧の先端に集めれば、薪は軽々と割れる。まったくどこも力む必要はない。
 ぽんぽんとおもしろいように薪が割れるのが楽しくて、まるで初霜の朝、少女が霜柱を踏みくずすのを楽しむようにして、彼女は薪割りをする。
 たちまちひと束の薪ができる。
 つぎの束に取りかかりながら、彼女はふとみつばちのことを思う。この下の黒谷のみつばちは、この夏、五箱あった巣箱が、アカリンダニとスムシにやられて全滅したという。ダニもスムシもみつばちにとっては強敵だが、蜂の群が強ければ全滅するようなことはまずない。彼女のみつばちも黒谷から分封したものだが、いまのところ元気だ。巣のなかにはダニもスムシもいるのかもしれないが、負けずに元気で働いている。
 みつばちの元気がなくなるのは、いろいろな理由がいわれているが、もっとも影響があるのは農薬だ。ここの谷に比べて黒谷は大きな集落で、田んぼも機械化が進んでいる。農薬もきっと最新式のものをたくさんまくのだろう。強い農薬をまかれれば、みつばちに限らず虫たちはたまったものではない。
 谷に虫がいなくなれば、鳥もいなくなる。鳥もけものもいなくなったら、だれが森を作るというのだろう。
 彼女の谷はせまくて、機械をいれにくい。ほとんどが棚田で、ほとんど耕作放棄地だったのが、ここ数年、都会から大学生たちが来て、自然農法とやらで米を作りはじめている。農薬は使わないので安心だ。彼女のみつばちもそのために元気なのかもしれない。
 三束、四束と薪の束を作ってから、彼女はみつばちの巣箱のようすを見に行く。ちょうどこの時間、巣箱の入口には、日の光があたっている。夏には巣箱のなかの温度があがりすぎないように、何匹かのみつばちが巣門にならんで風を送っている光景が見られた。いまは一、二匹がたまにやっているのが見える。
 先週、巣箱を調べたとき、ずっしりと重くなって、順調に蜜がたくわえられているのがわかった。そろそろ採蜜の時期だろう。採蜜の作業は神経と体力を使いなかなか大変だけれど、ここ数年やっていることなので、ひとりでやれないことはない。
 谷でひとりで暮らし、作物を作り、ときにはキノコや山菜を採取し、みつばちを飼う。薪を割り、風呂をわかし、星空をながめながらひとりではいる。みつばちは仲間のような気がしていて、おかげで寂しくはない。
 人生の終わりがどのようになるのか想像できないし、かんがえてもしかたのないことだと思う。一匹のみつばちの生涯も、活動期の働き蜂なら一か月ちょっとしかない。卵から幼虫、蛹になり、成虫になったら、幼虫や女王蜂の世話や、巣作りや掃除の仕事をしたあと、外に出て蜜や花粉を集める仕事をする。
 彼女もまた、いま、薪を割り、野菜を作り、山菜やキノコを摘み、みつばちを育て、森を作る。そこにはなんの栄光もないように見える。でも、本当にそこにはなんの栄光もないのだろうか。
 自分のみつばちたちが元気に働いているのをたしかめると、彼女はもうすこし薪割りを進めておこうと思う。薪割り場にもどり、今度はすこし腕がためされそうなブナの大きな切り株に取りかかる。