体験講座は日和るのか?

投稿日: カテゴリー: ボス通信, 現代朗読考

体験昨年秋くらいから(原因はわからないが)なんとなく参加者が少なくなっていた現代朗読体験講座だが、新年は来週末の1月11日(土)に開催する。
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参加者の人数は季節変動があるのだが、参加してくれた人はだいたい一定の割でその後の講座・ワークショップ・ゼミなどに引きつづき参加してくれる。
ところが最近はそのように残ってくれる人がガクっと減ったのだ。

原因はわかっている。
もちろんたいていの人はグーグルで検索などして「朗読講座」だと思ってやってくる。
まあそれはそうでしょうね。
そしてたいていの人は、朗読講座というと、文章の読み方とか、日本語の正しい・美しい発音の方法とか、文学作品の読解の方法などを習うのではないかと思ってやってくる。
いや、一部には「現代朗読」という、ほかの朗読教室でやっている方法とはちょっとちがったアプローチのものがあるらしい、と認識してくる人もいる。
しかし、だ。
それにしても、ある程度現代朗読についての情報を得て来た人も含めて、ほとんどの人は講座に参加すると「ぽかん」としてしまう。

このブログの読者なら「いつもの話」だろうが、もう一度念を押しておくと、現代朗読では「深層的技術」を「表層的技術」の上位に置いてかんがえている。
「表層的技術」というのは、日本語でなにかを伝達するのに必要な技術のことで、ナレーターの養成所やアナウンサースクールや多くの朗読教室で教えている共通日本語の発音発声の技術や、テキストの内容の説明的伝達技術のことだ。
現代朗読においては表層的技術をまったく習得しないわけではないが、これは「伝達技術」であって、表現行為とは別の種類のものとかんがえている。
一方、「深層的技術」は表現者そのものを、あるいは表現者の内面を表現し伝えるための技術であり、さらには表現者とオーディエンスとの共感的コミュニケーションを成立させるための高度な技術である。
現代朗読ではほとんどこの深層的技術しかやらないといっても過言ではない。
つまり現代朗読は「伝達」ではなく「表現」であると位置づけている。
朗読者は本の内容やお話を伝える伝達者ではなく、その本を自分はどのように読み、そのことによって自分がどのような存在であるのかを他者に伝える表現者である、と定義している。

体験講座なのでいきなり核心をつくのはどうか、という意見もあるのだが、どうも私は手加減することが苦手な人間だ。
人からはとても器用な人間と思われているようだが、実体は大変不器用な人間なのである。
体験講座でも最初から「現代朗読は伝達ではなく表現行為である」というところからはいり、深層的技術を獲得するためには「いまここ」というマインドフルネスの意識や、自分の身体性にたいする緻密な意識を習得し、なにもたくらまず一瞬先はなにが起こるかわからない偶有性の「危険で未知な世界」に踏みだす勇気を持つことが大切なのだ、ということを解説している。

たしかに多くの人はついてこれないだろう。
とくにお稽古ごと・お教室くらいの軽い気持ちで体験にやってきた人はびっくりするだろうし、なかには拒絶反応もあるかもしれない。
体験講座なのだから、もうすこし手加減してやさしく、わかりやすいお稽古の感じからはいってはどうか、という意見もあるし、私も何度かそのようにしてみようと検討したことはある。
が、やめた。
体験で適当にお茶を濁して入会者を増やしたところで、その人たちは長続きしないだろう。
一方、いまゼミ生として残っている人たちは、現代朗読の方法に魅力を感じ、自分に必要だと思ってくれているのだ。
そういう人たちがいる以上、私はより純粋に現代朗読を伝えていきたい。
これだ、と感じた人は残ってくれるだろうし、お教室感覚のお稽古を求めている人はもっとふさわしい場所がほかにいくらでもある。

そんなわけで、今年も手抜きせずにゴリゴリとやります。
現代朗読体験講座の次回開催は、1月11日(土)です。
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