テーマ:温泉  タイトル:彼と彼女

2018年12月、身体文章塾において水城さんから出されたテーマ「温泉」で書いた短編です。すっかり忘れていましたが作品を整理していて見つけました。当時のお二人の感想も思い出せませんが、ここに貼り付けます。変態の主人公をお二人にしたのは、繋がりの強さが尋常ではないと感じたからでした。

タイトル:彼と彼女

ネットで偶然に見つけたサイトに参加申し込みをすると、案内されたオークション会場は駅前のシティホテルの中ホールだった。人目につかない雑居ビルを想像していたので驚いたが、悪いことをするわけではないのだからここで良いんだと自分に言い聞かせた。七階建のどこにでもあるシティホテルに、ポロシャツとジーパン姿は何も違和感がないことも中年の私にはありがたかった。

受付の若い女性と中年の男性に、メールに記載されていた六桁の数字を言うと丸い紙に八十八と書かれた入札用の番号札を渡され中へ入ると百人限定の会場はほぼ埋まっていた。どうやら私はこの日、八十八人目の変態ということらしいが見渡してみるとみなまともな人たちに見える。いや、私も含めてまともなのだ。ただ、興奮する素材が少し一般の人たちと違うだけで恥ずかしがる必要はないのだ。だが今日の出品は三品と聞いているのでかなりの競争率になりそうで私の予算で入手できるか不安だ。女性もかなりいるので彼女たちはおそらく一つの品に集中するだろうと思われるので実質的には残り二品の取り合いになるだろうから更に厳しくなりそうだ。とは言え、私が欲しいものはあまりにもマニアックものなので実質的にはもう一品に集中するだろうとは思うのだが、そもそも私が興味を持つその品が出品されるということに変態の奥深さを感じてある意味感動もしているのだ。

受付にいた若い女性が正面の一段高い壇に上がりベルを鳴らしてオークションがスタートした。もう一人の中年男性が二リットルのペットボトルを持ち、十列に十脚並べられたパーティー用の背もたれの高い椅子に座っている客席の前を一列ずつゆっくり回りながら壇上のテーブルの上に置くと男性たちの「ゴクリ」という唾液を飲み込む音がハッキリと聞こえた。

変態の度合いに優劣をつける気持ちはさらさらないが可愛いと思う。変態の入り口としては王道と言えるかもしれない。自分の憧れの女優が入ったお風呂のお湯でコーヒーを淹れる。そのお湯がふんだんにあれば味噌汁を作り、ご飯を炊きその味を噛み締めながらゆっくりと体内に入れる。それで溢れる欲情が満たされるのだから誰も傷つけることがない。健康的な変態と言ってもいいかと思う。

そして、このオークション主催者のスタンスはとても好感が持てる。出品する全てに証拠の映像を流すというのだ。たしかに、それが無ければペットボトルの水はただの水道水かもしれないという疑問はぬぐえない。そして落札金額の二十%をLGBT差別を無くそうと活動している団体に寄付するという。私たちは寄付する変態なのだ。そこがまた良い。隠れる必要などないのだ。

「うぉ~」というどよめきが起きた。壇の後ろのスクリーンに今回の主役の一人である若い女優が映された。「登別温泉」と書かれた小さな袋を破りお風呂に入れ、細い腕でかき混ぜてバスタオルで胸を隠した女優が入る。テレビで何度も見たことがある入浴剤のCMだ。撮影風景はここでは意味が無いので早回しで映像が流され女優がお風呂から出ると通常の動画に戻った。何人ものスタッフがかたずけを始めている中で一人の男がお風呂にペットボトルを入れてお湯を汲み素早くスタジオの隅に移動して、キャップを拭きシールを貼った。開封すると破れる特殊なシールだ。そこで映像は止まり、そのペットボトルのシールがそのままにあることを会場を回りながら皆に見せ、本物であることを示した。すぐに入札が始まり多くの番号札が上がる。金額がどんどん上がっていき最後に百八十万円で四十代の男性が落札して会場にため息が満ちた。彼の今晩は至福の時間となるだろう。いきなりは使わないはずだ。今夜は股間にペットボトルを挟んで寝ることだろう。女優のエキスがたっぷり入った液体を自分のものにできたことの喜びを感じて彼は果てるだろう。変態の入り口に乾杯!

次に登場したのは幅広い年代層の女性に大人気の俳優だ。彼の映像が流れると会場の女性たちの目が輝いたのがわかった。しかも彼はカメラに向かって話しかけているのだから彼女たちがうっとりするのも分かる。彼は普段から人権や差別に対してメッセージを出しているのでここの売り上げがLGBT差別に反対する団体に寄付されると聞き、協力したいとカメラに向かって発言している。話しながら彼は一枚ずつ服を脱ぎ最後に残ったビキニパンツをゆっくりと脱ぎながら袋に入れ、右手の手のひらだけで股間を隠して「バ~イ」と画面から消えた。次々と札が上がり入札金額も上がっていく。彼の脱ぎたての下着が入ったスーツセットはとんでもない金額で落札されたが、会場の女性たちはみな満足そうな笑顔だった。そして次はいよいよ私が欲しい品の登場だ。この一品が出るとネットで知ったときは信じられないと思ったものだ。誰が考えたのだろう、この人選は有り得ない。しかし私の一部分だけ狂った脳は彼を欲しがっていた。自分自身を冷静に見ることができる私がこのことに関しては理性の外にあることを自覚し、異様な欲情を感じてしまうのだ。あの男のアレにというよりもあの男の破壊的なまでの幼稚な脳に。

タマサンカ・ジャンティ。この名前を覚えている人はまずいないだろう。だが誰もが彼を知っているはずだ。ネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領の追悼式の式典で、各国の首脳の横でデタラメな手話通訳をしていた人物だ。なぜ彼があの場に立てたのか謎らしいが日当八十五ドル、日本円で八千七百円の仕事だったらしい。この男の平気で嘘をつけるとてつもなく強い心臓と、神がかっているほどの厚顔無恥はどのような環境でつちかわれてきたのかを想像すると私の股間は激しく波打つのだ。どのような幼少期だったのだろうか。少年期は、青年期は?この男の何に私は欲情するのか自分でもわからないがこの男の内臓に触れたい、皮膚に入り込みたい、全身の毛を剃ってなめらかにしてみたいと思うのだ。変態の極みかも知れないが私と同じ考えの人がいたからこそ彼は選ばれたのだ。

主催者の中年男性が手のひらに乗る小さなガラス瓶をテーブルに置いた。これがほしくて私はここにきたのだ。映像が流れた。ジャンティの自撮りだ。椅子に座って手紙を読んでいる。今履いているパンツを脱ぎ火をつけて灰になったらこのビンに入れて、ノーカットの映像と共に送り返してくれたら八十五ドルをプレゼントする。ただそれだけで君も社会に役に立てるのだ。変態ジャンティよ、一つくらいは人の役に立てることをしろ。読み終えて彼はパンツを脱ぎガラスの器に入れて火をつけた。そして灰を小瓶に入れて同封されていたシールを貼った。

主催者の男が、それでは競りを始めて下さいと言うと私は番号札をあげて「十万」と言った。誰も私に続かないので安堵した時、女性の声で「二十万」とハッキリ通る声が上がった。慌てて私は「三十万」と言うとすぐにその女性は「五十万」と値を上げた。「七十万」と言うとすぐに彼女は「百万」と言った。声の方を振り向くと私よりも五歳ほど若い女性だった。彼女の意志の強そうな顔を見て私は諦めた。とてもこれ以上出せる余裕は私にはなかった。拍手の中で彼女は小ビンを受け取りポケットに大事にしまった。彼女があれをどう使うのか私は分からないが、私にはやりたいことがあったのだ。しかしもう忘れるしかない。会場を出て駅に向かって歩いていると後ろから声をかけられた。彼女だった。歩きながら少し話をしても良いですかと聞かれ私は「はい」と答えた。あれをあなたはどう使うつもりでしたか?と聞かれて、同じものをほしがった変態として隠すことなく答えた。
「私はあの灰を歯ブラシにつけて磨きたかったのです。厚顔無恥な男のパンツの灰を歯茎にこすりつけたかったのです。その時に私はたまらないエクスタシーを感じたでしょう。でも、もう諦めました。さようなら」

そう言うと彼女は私の手をつかみ

「私も同じなんです」

と、私の目を見つめて言った。

「一緒にやりませんか?私の家で」

私は天にも登る気持ちで大きく、

「お願いします。半分の五十万円はお支払いしますので」

と言うと彼女はニッコリ笑って、

「私たち、気が合いそうですね。こんな性癖をこれまで誰にも話せなくて私は辛かったのですがあなたに出会えて今後の人生に明かりが見えてきました」

私はホントに天に昇りそうに高く上がる太ももを抑えながら自己紹介した。

「私は水城と申します。貴方は?」

「私は野々宮です。私、あなたの『十万』という声を聞いて一瞬で聞き惚れたんです。私と同じ種類の変態だと確信したのです。よろしくお願いします」

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