ふたつの夢「ひとつめの夢」

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  ふたつの夢「ひとつめの夢」
                            作・水城ゆう

 家族そろってヘリコプターに乗ることになった。
 ヘリコプターに乗るのは生まれて初めてのことだ。家族全員が生まれて初めてヘリコプターに乗るのだ。
 ヘリコプターは私が通っている小学校の校庭に降りていて、乗りたい者が順番にならんで乗りこむのを待っている。
 ヘリコプターは軍用のものらしく、ボディが迷彩色に塗られていた。それがひっきりなしに飛び立ったり、着陸したりして、人々を乗降させている。
 家族連れが多い。
 私も父と母、私と妹の一家四人で列にならんだ。私たちの前には三百人くらいの人がいるように見えた。いつになったら乗れるんだろうと、私は心配になった。そして少しおしっこをしたいことにも気づいた。乗れるようになるまでおしっこを我慢できるだろうか。
 私たちの前には太った家族がいた。おなじ四人家族で、ただし子どもはふたりの女の子。両親もふたりの子どももとても太っている。たぶん四人合わせた体重は四百キロはあるにちがいない。そんなに太った一家を乗せてもヘリコプターは平気なのだろうか、私たちが乗る前に墜落して私が乗れない事態になるのはいやだな、と利己的なかんがえが浮かんできた。
 それにしても、私が通っている小学校でこのふたりを見たことはなかった。これほど目立って太っているふたり姉妹がいたら、絶対に知っているはずなのに。よその小学校からわざわざヘリコプターに乗りに来たのだろうか。その強欲な感じになんとなく嫌な気持ちになってしまった。
 そしたらとたんにヘリコプターに乗りたくなくなってきた。
 ちょうどヘリコプターが乗客を乗せて飛びたっていくところで、ものすごい砂埃が舞いあがり、列をなぎたおさんばかりの強風を吹きかけてきた。私は埃を避けて薄目をあけ、それでも飛びたっていくヘリコプターを見ていた。
 上昇していくヘリコプターのさらに上空に、ぽつんと小さな点のように、空をゆっくりと横切っていく飛行機の影が雲の合間に見えた。私はとたんに、どうせ乗るならヘリコプターなんかではなく飛行機のほうがいいというかんがえに取りつかれた。
「父さん、ぼく、ヘリコプターより飛行機に乗りたい」
 すると父と母が同時にきっとした目で私を見た。しかられたような気がして、私は妹のほうに目をそらした。妹も私をきっとした目つきでにらんでいる。
 私は言い訳するようにつけくわえた。
「でもいまはヘリコプターでいいな。ヘリコプターに乗りたい」
 父がこたえた。
「おまえは飛行機のほうがいいのか」
「ううん、ヘリコプターでいいよ」
 私は急に膀胱がぱんぱんに張っていることに気づいた。
「飛行機のほうがいいんだな」
「別にどっちでもいいけど、いまはヘリコプターでいい」
 父の目は私の心のうちをするどく見すかすようだった。
「わかった。ヘリコプターはやめにして、飛行機に乗ることにする」
「え、いいよ、ヘリコプターで」
「いや、飛行機だ」
 父がそういった瞬間、私たちの前にならんでいた人々の姿がかき消え、目の前に巨大なジャンボジェット機がどすんと現れた。
 いったいどこから現れたんだ、といぶかる間もなく、タラップを父と母と妹がのぼりはじめたので、私もあわてておしっこをがまんしながらタラップをのぼった。
 飛行機のなかはがらんとしていて、座席がひとつもなく、窓もなく、まるでトンネルのようだった。窓はなかったけれど、壁全体が光っていて、まぶしいくらい明るかった。しかし、窓がないとせっかくの景色が見られないと思って、残念な気持ちになった。そもそも、どこに座ればいいんだろう。便所はあるんだろうか。おしっこがしたくてたまらない。
 がらんとした飛行機のなかに、ぱたぱたという物音が響いていた。音のするほうを見ると、なにやら空中に浮かんでいる。ふわふわと不安定に上下しながら移動している。
 よく見ると、それはミニチュアのヘリコプターで、迷彩色に塗られていた。模型のヘリコプターをだれかが操っているのだろう。それにしてもなぜ飛行機のなかにヘリコプターが?
 ぱたぱたと不安定にホバリングするヘリコプターを前に立ちすくんでいる父と母を押しのけ、私はもっとよく見ようと近づいた。ヘリコプターのほうも私に近づいてきた。不思議にこわくはなかった。
 ヘリコプターが私の目の前でとまったので、なかまでよく見ることができた。ヘルメットをつけたパイロットが小刻みに操縦桿を動かしているのが見えた。後部座席にいる乗客たちまでよく見えた。
 後部座席にひしめくように座っているのは、あの太った四人家族だった。私のほうを見てびっくりしたような顔をしている。
 それを見たとたん、私の膀胱がはちきれた。

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